視界はクリア。朝からの上天気は、この時期に特有の花霞さえおびてはいない、それはそれは澄んだ空気で地上を満たしており、寒の戻りの遅霜にも縁のなさげな暖かい陽光が早い時間からその目映さで、菜の花畑やお隣りの矢来越しに望める可憐な桃のほころびを、神々しい金色に染めていた。
“とはいえ、油断は禁物だ。”
こちらと同じくらい、向こう陣営にも侭が利きやすい条件が敷かれた訳で。余計な情報を拾わぬようにと、視野の中に両手で作ったフレームの中。広がるは丁寧に整頓された居間と、つややかな板張りが落ち着いた光沢を滲ませている長いお廊下。その片側に連なる、ガラスのはまった引き戸建具は、午前中から目映くも暖かい陽射しが降りそそぐのを遮ることなく招き入れており、
「お庭には誰もいまちぇん、どーぞ。」
「判いましたです、どーじょ。」
ホントはね、ぺたりとお腹伏せての匍匐前進っていうの、やってみたかったのだけれど。板の間は案外とまだまだ冷たくて、小さな妹御がやだやだとかぶりをふっての“やんない”って言って聞かなかったので、今回は残念ながら省略した。第一、それをやると、小さな小さな部隊長さんもまた、頭を起こしただけでは周辺を見回し切れなくて、視界がずんと悪くなってしまうというもので。一番奥向きにある子供部屋から、ささっと素早く躍り出た、小さな小さなコマンダー二人。昨日の内に用意していたシャツにセーター、お揃(おそろ)のおズボンはコーデュロイの色違い。靴下も最初の爪先だけが届かないのを、お違いに履かせっこすることでクリアして。身軽だけれど温かい、そんな恰好で行こうなと、ちゃんとちゃんと意を合わせての作戦行動は、一番最初の装備装着と寝室脱出の段をまずはと消化しての、さてお次。
「ちゅたさんはまだおダイドコです、どーじょ。」
「なんで判るですか? どーじょ。」
「玉子焼きのによいがしゅるです。まだ途中のによいでしゅ。」
「あ、ホントだ〜。みお、ちゅたさんの玉子、大しゅきvv」
「俺も〜vv」
早くも脱線ですか、部隊長。(苦笑) それぞれが柱に背中を預け、慎重に周囲へと注意を払っての、これでも彼らにしてみればなかなか真剣な報告をし合う、ロロノアさんチの起きぬけのお子たち二人であり。大人たちの腰まで背丈が有るか無しかという小ささなので、それが意識してのこんな行動を取ったりすると、今のところは何処からも誰からも見つかってはいない模様だが。そもそも彼らの自宅の、しかも母屋の奥向き。家人以外の誰ぞが居たならそれこそ大問題だし、こうまで早い時間帯にこの子らが自主的に起きてたことはまずはなかったので、要らぬ物音で起こしちゃ可哀想だという解釈の元、家人たちもあまり立ち寄らない。そんなこんなで無人になってる、家族占有の母屋の奥向き。そろりそろりと足音忍ばせ、まずはと居間を通り過ぎ、
「………。」
じりじりそぉっと開いた襖の隙間から、濡れ縁の側の雨戸がもう開いてる両親の寝間へと足を入れると、そこも こそこそっと通り過ぎて。
「お兄たん、なんでお廊下を通らないの?」
誰もいなくて、しかも真っ直ぐなのに。さっきお母さんの枕でコケたでしょ? 余計なことを見ていた妹御へと、
「しー。」
小さな兄上、自分の口元へ小さな人差し指をなかなか仰々しい所作にて立てて見せてから、
「バッカだなぁ。いつちゅたさんが来るか、判らんだろが。」
「え〜? でもでも、今日のお弁当はいっぱいいっぱいおかず作るから、ちゅたさんまだまだ来こないよう。」
「だったら母ちゃんが来るかもだぞ。」
「あ・そか、もうお寝間にいなかったもんね。」
「だろ? じぇったいおダイドコで何か食べてるから、ちゅたさんの代わりにって来るぞ?」
つまみ食いしてるだろうってコトまで、子供らにはお見通しみたいです、おっ母様。(苦笑)こそこそぼそぼそと話していた二人が、ふと、
「…っ。」
「あ…。」
ハッと緊迫に意識を冴えさせ、身構えるかのように身を縮めたは、さすが歴戦の海賊王と大剣豪とを両親に持つその影響力の賜物か。…いや、この村ではのんびりこんとそれは長閑にしか暮らしてはないのだが。それでもサッと緊張に意識を冴えさせての、態度の切り替え方はなかなかのもの。まだ両親の寝間にいたので、手近に広がっていた大人二人分の夜具の中へと、それぞれ慌てて潜り込めば、
「…。」
間一髪という間合いの差にて、すらりと開いたのは廊下側の襖。素足の足元が、春の朝の仄かに肌寒い空気の中にあって、少々冷たそうに見えなくもなかったけれど。すたすた歩み入って来ての、箪笥に近づき、引き出しを開ける物音が続いたということは、何か取りに来たらしく。なかなかお目当てのものは見つからないのか、あちこちの引き戸や引き出しを開け立てする音が続いてから、
「…っかしいなぁ。」
これは困ったという独り言。それから、姿勢を低くしての膝立ちとなり、障子の手前に置かれた小さめの水屋の方へと手が移り、
「…う〜んと。」
小さな引き出しを順番に開けながら、彼がふと呟いたのが、
「みお。耳かき何処に入ってるか知らないか?」
「あ、えと。そこじゃなくてお茶の間の水屋だもん。」
すんなり答えてから、あっとお口を塞いだがもう遅い。お父さんの匂いがする掻い巻き布団を慌ててぱふんて頭からかぶったが、少ぉし残した隙間から…こっちからだと背中しか見えないお父さんの、短く刈った緑髪を乗っけた頭が“くくくっ”と笑いながら震えており。
「何やってるんだ、二人して。」
掛け布団やら掻い巻きやら、抜け出したまんまで整えてはなかったから。乱雑にもこもこと畝が出来てたから、小さな二人が潜り込んでも判るまいって思ったのにね。さすがに、剣の練達で、しかも子煩悩なお父さんにそれは通じなかったみたいです。まずはと手近なお布団のほう、お兄ちゃんがもぐってた掛け布団をめくろうとしかかったので、
「…っ、逃げてっ、お兄たんっ!」
がばっと盛り上がった掻い巻き布団が、横合いからお父さんの懐ろ目がけて突っ込んだので。
「おっと…。」
あまりのしゃにむさに、転んだら大変だと思ったことも加わってか。片手で軽々間に合っただろうに、ついのこととて両手で抱きとめたその隙をつき、
「みおっ、まかいたっ!」
任せた…でしょうか、鋭く応じて。バッと掛け布を払いのけ、低い姿勢からの思い切り、たんっと踏み出し、駆け出した坊や。両手が塞がっていたことと、脇のすぐ間近という微妙な所を擦り抜けられては、
「おっ。」
練達なお父さんでも、これは捕まえ切れなくて。せめてと視線だけにて坊やを追った、そのお顔へと両手をかけて、
「お父さんてば。」
ねえねえ、こっちを向いてよと。お父さんの雄々しいお胸をゆさゆさ揺さぶりまでする みおちゃんだったのは、逃げ出したお兄さんへの援護射撃も兼ねてのことか。おもてなし用のお上品な大きさの羽二重餅みたいな小さな手で、きゅうと掴みしめる稚さへと、ただでさえ母上そっくりな彼女の大きな瞳には弱い父上、
「ああ、はいはい。何だい?」
これでも慌てて…されど精悍な威厳を忘れぬ落ち着いた所作にて、お顔を向けて差し上げれば、
「〜〜〜〜。////////」
「みお?」
「なんで、お父さんが来たの?」
ちゅたさんは朝から忙しい。だったらお母さんが来るって思ったのに。そうと言いたげな小さな姫へ、
“ルフィだったなら、やり過ごせるって思ったのかねぇ。”
隠し切れぬ苦笑の対処に困りつつ、
「お母さんには得意技を出してもらわにゃならんからな。」
「得意技?」
おややと小首を傾げたお嬢ちゃま。
「…お父さんたちも“しゃくせん”練ってましたか?」
「いや、作戦なんてもんは。」
そんな大仰なものは立ててやいないよと。ガウンにしては重過ぎの掻い巻きの中から、小さな姫君を掘り出してやりつつ、そんなお返事を返したお父さん。
“な〜んか企んでないかとは察してたけどな。”
と、内心にて呟いて。やはり止まらぬ苦笑に苦慮しつつ、お嬢ちゃんを抱っこしたまんまで、ひょいと立ち上がったそれと同じ頃合い。
「…っ。」
お廊下へと飛び出したそのまま、もはや足音にも構わぬ勢いでの“たたた・とたとた…”と。玄関までの直線を、この年頃のお子様にしてはなかなかの素早さにて駆け抜けたお兄ちゃまだったが。武家屋敷の名残り、玄関前に据えられた、中へ直進出来ぬようにと構えられたる大衝立を避けての回り込み、小柄な足回りを生かしての、大外に一歩、それで内へと蹴っての今度は前進のための一歩、という、爪先の踏み替えだけでというお見事なクィックターンにて、難無くお外へ飛び出しかかったものの、
「ちょぉっと待った。」
三和土たたきへと降りた先、大きく開いてた戸口のすぐお外にも、誰の姿もなかったのに…声がして。ひゅんって風を切るよな音がしたかと思った次の瞬間には。
「わ…っ。」
後ろ襟を掴まれていての引き戻し。これが奇襲をかけて来た賊どもが相手なら、そのままぺいっと乱暴に放ったところだが。可愛い坊やが相手と判っていたからね。ふわっと力を抜くことで腕をたわませての、それは柔らかく引き戻し、それでも結構な加速がついて戻って来た小さな部隊長さんを、温かい懐ろが受け止める。どうやらルフィ母さんの十八番、ゴムゴムの技が炸裂したらしく、
「こ〜んな朝っぱらから何処へ行こうってのかなぁ?」
「〜〜〜〜〜。」
真上から見下ろして来た、それは楽しそうなお母さんのお顔にあっては。ああもうこれは作戦失敗かと、諦めるしかない坊やだったりし。
――― だってさ、だって。早く境内に行きたかったんだもの。
まだ早すぎて、屋台も何も出てないぞ?
今日はこのアケボノ村の春恒例の桜祭りの初日だ。あまりに見事な桜の数と花闇の厚みの桁外れなことを愛でるため、遠くから観に来る観光客も多いほどで。いつもは静かな鄙びた土地が、この時期だけは賑わうのだが。その初日は村の人間だけのお祭り。人が増えてのんびり見物出来ない桜を先取りする日でもあり、それでとはしゃいでたお子たちらしかったのであはるが、
「違うの、今年はお人形も見れるでしょ?」
「お人形? ああ、御神体のからくり人形な。」
「あれ、出すとこ見たかったの。」
「変なものが見たいんだな。」
「変なものちやうもの。」
「???」
「かんぬっさんが、お母さんに似てるってゆってたもの。////////」
「……………お?」
おやまあと。耳まで赤くした坊やの、お父さんとお揃いのいがぐり頭を、こいつ〜っとかいぐりかいぐりとやや乱暴に撫でてやるルフィであり。
“そっか、そういや…。”
何年かごとにだけお披露目される、此処の神社の御神体は、昔ここいらを治めていた藩主お抱えの名のある細工師が作った子供のお人形だそうで。龍にたとえられたそれは大きな災害を鎮めるために、人身御供を出す代わり、人と見紛ごう出来のお人形で代替させたという話の元ともなっており。それは愛くるしいお人形は、代々の神主に大切に引き渡されて今の世にまで至っているのだが。いつだったか桜の祭りの差配の相談にと来られたおり、そのお人形がルフィに似ていると話して行かれた。
“さては、それを聞いてたな。”
むむうと膨れての、これも所謂“逆ギレ”しかけてる坊やへと。丸ぁるいおでこをこつんことくっつけ合わせてやり、
「だったら、お祭りが始まってから見に行こう。」
「子供は見たらいけないって。」
だから、今日の、しかも早朝にこそりとしか機会はないと思ったらしく、
「子供が普段からはお社に上がれないって言われているのは、子供だとふざけたりするからだ。母ちゃんと一緒になら大丈夫だから、後で観に行こう。」
「…ホント?」
うんうんと頷いてやれば、やたっと笑って自分からもグリグリと甘えるように擦り寄るところが、まだまだ幼くて他愛なく。
“…それにしても、ゾロてば凄げぇ。”
子供たちの様子がおかしいと、昨夜から何だか気にしてて。お前は玄関で待ってろななんて、それだけしか言われなかったけど。小さな足音が聞こえて来たんでそれでやっと、ははぁんと、ご亭主が案じたことが見えたルフィであり。そんな短いやり取りにて、こうまで意を浚い合って動けるところは、昔取ったる杵柄、造作もない呼吸合わせであったれど、
『祭りだの宴だのってーと落ち着けなくなるのは、
いつのどこの子供でも同じだが。』
まだほんの3つ4つの子供らがこんな早くに起き出して、そんなささやかな、けれど真摯な目的のために頑張るとはねと。彼らの企みの正体までは気づいてなかろう軍師様へ、口べたな自分がどうやって話してやればいいのかななんて、楽しげに笑ったおっ母様だったそうでございます。
〜Fine〜 07.4.08.〜4.O9.
*カウンター239、000hit リクエスト
ひゃっくり様
『ロロノア家設定で、何年経っても相棒な二人』
*いただいたリクに沿っているんだかどうなんだか、
なんか微妙なお話になっちゃいましたね。
ここんトコ、小さい子らが大活躍中の、困ったサイトになりつつありまして。
………おっかしいなぁ。
ワタクシ、どっちかって言うと
おじさんキャラの方が好きなんだけどもなぁ。(う〜ん)
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